本書は、日本が沈む可能性を前提に、国家と自分の損益計算を切り離すための本である。
小説仕立ての第一章では、3800円のカフェモカ、5000円のラーメン、欠けた歯を治せない老人、外国人ばかりのグリーン車といった近未来が描かれる。小説というより、現在の傾向をまとめて悪化させたシミュレーションだろう。未来予測はたいてい外れるが、抽象的なインフレ率より、ラーメン5000円と言われた方が胃にくる。危機を可視化する導入としては成功している。
第二章では、その暗い風景に数字の骨が入る。日本では所得格差が一方的に拡大したというより、給与の中央値が下がり、みんなが比較的平等に貧しくなった。しかも、一人の所得低下を共働きで補い、高齢者への巨大な再分配を国債や現役世代の負担で維持している。現在の平等を、未来世代との不平等によって購入しているとも言える。
ここで見えてくるのは、個人合理性と国家合理性の衝突である。共働きを続け、子どもを持たず、円を売って海外株を買い、年金を信用せず自分で備える。どれも個人には合理的だ。しかし全員がそうすれば、少子化、円安、国内投資の縮小が進み、国家はさらに弱る。日本の衰退に備える行動が日本の衰退を加速させるとは、何とも皮肉な話だ。
第三章以降は、金利、国債、為替、NISA、信用取引、FX、オプションの説明が続く。正直、やや面白みに欠けている。だが人生に重要なものは、だいたい退屈である。健康診断、税金、保険、資産配分。面白い投資話ほど、たいてい投資家より売る側が儲かる。
本書の実践的な結論は驚くほど単純だ。最大の資産である人的資本を維持し、生活防衛資金を持ち、円だけに集中せず、NISAで低コストの世界株インデックスを積み立てる。相場を当てようとせず、設定したら忘れる。単純だから浅いのではない。複雑な問題を検討した結果、答えが退屈になったのである。
第五章の上級商品も、儲け方を教えるというより、「うまい話などない」と理解させる危険物取扱説明書に近い。レバレッジは利益だけでなく、破滅までの速度も上げる。多くの読者にとって、実用編は第四章で終わっている。
著者は、社会を立て直す方法をほとんど論じない。国家から逃げられる者に、救命胴衣の着け方を教える。泳げない人をどうするか、船をどう修理するかについては薄い。その冷たさは本書の限界だが、同時に論理的一貫性でもある。
日本を救うのは難しい。しかし日本と一緒に沈まない準備なら、個人にも多少はできる。本書が言っているのは、たぶんそれだけである。そして、その「それだけ」が、かなり重要なのだ。